登入「あら。なんか、男みたいな人がいると思ったら、水野さんじゃないですか」
……これが一体どういうシチュエーションなのかはちっともわからないけど、長身を引き立てるマーメイドドレスを着ている。こんなドレス着ていて、どうやったら男みたいという比喩ができるのかと、遥は発言の相手、小田日向子を見つめた。遥から鈴木を奪い取っていた職場の後輩だ。確かに、ふわふわの実に女子らしいドレスをまとってはいるが。
「ねぇ水野さん。知ってました?修平って本当は、バリバリ働くタイプじゃなくて、家事得意で男性を立てる、かわいらしいタイプの方が好きなんですってよ」
ねちっこい嫌な笑い方をして、小田は遥を追い詰める。
おかしいな。悪意はある子だけど、こんなに嫌な言い方する子だったっけ。
これじゃまるで、ショートドラマの悪女じゃないの。
「あーーっ!!」
遥は思わず大きな声を出す。
わかった。これはまた夢だ。昨日みたいに、いきなりビンタされるところから始まるよりましだけど、でも小田にここまで言われる始まりも、心臓によくない。
そして、修平――もう鈴木をしたの名で呼んでるのか、と思うが、それが現実なのかどうかわからないし、彼氏としてはもうどうでもいい。
夢なら気を悪くするかも、なんて考えなくてもいいんだから、この場を離れよう。
そう思って踵を返したのだが。
「きゃぁぁっ」
「日向子!どうした!」
悲鳴とともに何かをパチンとたたく音がした。
そしてそのあとすぐに続いた聞き覚えのある声に、いやおうなしに遥は振り向く。
えぇぇ。またでてきた、敵役の男として鈴木が。
そして、小田が自分の右頬を押さえて、目に涙をためている。
なんなの。ビンタはされてないけど昨日の夢の話が続いているのか。
嫌味な母の代わりに、嫌味な今カノが新キャラクターか?
「わたし、スレンダーなドレス、すごく大人っぽくって似合ってますね、わたしかわいいドレスしか似合わないからうらやましぃんです、って言ったら、水野さんが突然……ビンタを……」
潤んだ目で、小田は鈴木に訴える。
なんと。今日はわたしがビンタをする番だったのか。いや、してないけど。
あまりのことにのけぞりそうになったが、遥は何とかこらえる。
それにしても、しっかり「遥にはかわいいものは似合わない、似合うのはわたし」という人を下げる味付けをしながら、無実の罪を着せる言い回し、すごい。
さすがショートドラマの悪女。
変なことに感心していると、鈴木が顔を上げて睨みつけてくる。
「君には失望したよ。日向子は悪くないだろう。なんでそんなにいつも日向子をいじめるんだ」
いやいやいやいやいや。
夢なんだから取り合うまい、と思うのに、あまりにも一方的に日向子をかばう言動に、思わず反論しようと息を吸ったその時。
「俺の彼女に、何か用か?」
えっ?
また聞き覚えのある声が響く。これは、ショートドラマだったらいわゆる救済男の登場、だ。そして救済男とはヒロインの真の彼氏になる人で、イケメンで超優秀で……
ここまで知った人が出てくる夢なら、そのポジションに来る異性は、一人だけ思い当たる節がある。
でもいいのか、そんなことがあって。
ありえない願望に身を固くしていると、隣までやってきたその彼氏の設定の男は、かばうようにふわっと自然に遥の肩を抱く。
そうであってほしいような、違っていた方がありがたいような、複雑な気持ちで、おっと肩を抱いてきた主の顔を見ると。
「藤堂、さん……」
想像はしていたのに、そのあまりにも現実離れした光景に、遥の意識は正常を保てなくなった。
視界がブラックアウトしていく。
✿
夢の世界の遥が、意識をしっかり保てなくなったら、現実社会の遥が目を覚ました。
「うっ……頭、いた」
目を覚ました瞬間、頭に鈍痛を覚える。
昨日は泣きながら麻衣と深酒したから、きっと二日酔いだろう。
遥は昨夜の記憶をたどり直す。
「遥。飲もう。今日は徹底的に」
突然、麻衣は宣言すると、やおら焼き肉のお皿やホットプレートの片づけを始める。
「心置きなく飲むために、まずは片づけよっ!」
その超現実的な麻衣の対応に笑いながら、ホットプレートやお皿を洗って片付け、冷蔵庫から作り置きの冷菜を取り出し、改めてテーブルに並べると、焼酎やウィスキーなど、度数の高いお酒も並べていく。
飲みながら愚痴り、泣きつかれたころ、麻衣の彼氏が迎えに来たから麻衣を送り出し、冷菜を冷蔵庫にしまうとそのままベッドに倒れ込み……
それで見た夢が、悪女の小田と元カレクズ男の鈴木。なるほど。
記憶をたどり直し、つい先ごろ見た夢に一瞬納得しかけた遥だったが。
いやいや、なるほどじゃない。最後の藤堂さんは、どういうこと?
藤堂さんは、確かにヒロインを溺愛するよくあるスパダリCEOにふさわしいといえばふさわしいが、かといって、遥を救いに来るヒーローになるには、つながりは少ないはずだ。
「でも、ドラマのヒーローたち、そういえば突然現れる系多いわよね」
ふとそんなことをつぶやき、そんな夢想をする自分に、遥は自嘲した。
そんな夢みたいなことがあるわけがない。
ドラマはドラマ。区別しなきゃ。
痛む頭を抱えて、遥はため息をついた。
なんだろう。 イケメンだと、語る言葉までイケメンなのか。 食事を終えて一緒に電車に乗り、先に遥が下車するまで藤堂は完璧な紳士のふるまいだった。 電車を降りてドア越しに手を振ってはじめて、「あっ、ここはコーヒーでも飲みによりませんか、って言うべきだった?」という疑問に襲われたぐらいで、どうやったらあんなに完璧な配慮ができるんだろう?と、遥は不思議でたまらない。 遥はふわふわした頭のまま、翌日の日曜を過ごした。 いつまでも恋にうつつを抜かしているわけにはいられない。もう三十路が見えているんだし、ここは大人としてしっかりやることをやらなければ。夕方からマーケティングの理論の本を読み、平日に向けてビジネスモードを高める。 そして、週が明けて月曜日。遥の昇格と異動が正式にマーケティング部に周知された。「み、水野さん、企画担当おめでとうございます!!だ、だけどっ」「もう、チームを率いてくれないんですか?」 部内共有チャネルで情報が流れた後、あちこちで後輩たちが立ち上あがり、遥のもとに駆け付けてくる。「うん、ごめんね。本当はずっと商品企画が希望だったの。欠員が出るからって、打診が来たんだ」 昇格について言及する人もいるが、それよりも遥が異動することの懸念の方ばかり言われて、遥はひとまず部署異動の方にコメントする。「でもそんな、マーケ部で主担当業務に慣れてから異動したっていいじゃないですかっ」 そう言う後輩の向こうで、鈴木がこちらに視線を送っていることに、遥は気が付いた。 でももう。関係ない。 遥は自然な動作で、鈴木の視線を切った。「はいはい。それでは、資料のまとめ方の極意を知りたい人!」 遥の周りで、バラバラっと手が上がる。「じゃ、どこかで資料のまとめ方の引継ぎ会するから、ほら皆、仕事仕事!」 いつまでたっても終わらなさそうな雑談を、遥は強制的に終わらせて後輩たちを席に戻す。「ふぅ」 さすがにため息をついて席に座ったら、向かいの席の後藤が面白そうに声を掛けてくる。「人生最大のモテ期じゃないですか?」「失礼ね。モテ期は他にちゃんとあります」 モテ期。……藤堂。 反射的にそう連想し、思わず顔が赤くなる。赤くなってるとわかっているけど止められない。 後藤にどう思われているんだろう、そう思ったけど、後藤は全く注意を払わず、そのまま
遥は見たくないとばかりに一度ぎゅっと目を瞑り、そこからそろそろと半眼を開ける。 薄目じゃないと怖くて確認ができない。「えっと……週末、どこかでデートしませんか……えっ……」 遥ははっきり目を見開くと、麻衣の手からスマホを取り返す。 デートしませんか その短い文字を確認し、画面の上にメッセージ主の名前を確認する。 藤堂悠真。 間違いない、本人だ。「これって」 遥は呆然と画面を見つめる。「ここまできて、告られてないとか御託並べないでよ?もうはっきり、お誘いされているじゃん」「うそ」
言っちゃった、言っちゃった、言っちゃった。 なんてことを言っちゃったんだろう。 暗い窓ガラスに映る自分の顔を見つめる。こんな地味な顔で、あんなにイケメンで有能な男性に、あんなとんでもないことをとうとう言ってしまったなんて。 座れはしないが、人と触れ合うことなく立っていられる車内で、遥はわぁぁぁっと叫び出したい気持ちをぐっとこらえた。 なんだかそれは、泣き出したい気持ちをこらえているのに似てるな、と遥はぼんやり思った。 ✿ 家にたどり着き、熱いシャワーを使って人心地ついてた遥は、へたりこむようにベッドの縁に座り込んだ。 あの言葉。 ふいに、思わず言ってしまった言葉が再び脳裏に浮かぶ。 叫び出したい気持ちが止まって、ちょっと落ち着いた今、自分言ったあの言葉は、「わたしからも|≪お付き合いを≫お願いしたいです」という意味だと果たして正しく伝わったのだろうか、という疑問が遥の胸の内に浮かび始めた。
は、遥……な、名前で呼ばれた…… そんなことを考える場合ではないことはわかっている。わかっているけど、突然の展開に遥の頭が付いていかない。「で、でも、わたしたちまだそんなに……知り合って間もないって言うか」 震える声で、何とか答える。 藤堂といっしょに案件を遂行したこの数か月で培ったはずの自己肯定感がどこかに飛んでいき、また以前の自信のない遥に戻っている。 いや、恋愛の面だけで言えば、鈴木に躓いた経験のせいで、自分の「男性を見る眼」の不確かさという失点が上乗せされていて、より臆病になってさえいる。 絶対、面倒くさいと思われている。 遥は視線を落とし、膝の上でぎゅっとこぶしを握る。 だがそんな遥に、藤堂は穏やかに声を掛ける。「時間は短かったが、あれだけ色々あった案件を一緒にやってきたから、仕事の表面だけじゃない、人柄もよくわかるような付き合いはできたと思う」&nb
「なに、遥。藤堂さんとプライベートなLINEの連絡先、交換したんだ」 麻衣の一言に、遥は慌ててスマホの通知画面を手で隠し、上がってしまっている口角を何とか元に戻そうと格闘する。「え、うん、なんかそういう流れになって」 我ながら言い訳が下手だ、と遥は思う。どういう流れなんだ。そもそも、どこからそういう流れになったのか、とか更なる質問を誘発しかねない言い訳を口にしたことに気が付いて、遥は後悔する。「流れ、ねぇ」 意味深につぶやくと、麻衣はちょうど運ばれてきたパスタに手を付ける。「なんにせよ、鈴木から完全に解放されてなにより。同じ立場に昇進してさらに部も異動、プライベートでもはるかに格上の藤堂さんとうまくいきかけている。人生突然好転したじゃない」 思いもかけない達観した台詞に、遥は戸惑う。「え、そうだけど……何もツッコまないんだ」「ツッコんでほしいの?」
高級そうな内装の車に乗っている遥は、急に停車したせいで、がくんと前につんのめった。 あんまり上手じゃないな、この運転手。 そう心の中でこぼしていると、ドアが外側から開けられる。「降りろ」 冷たい声でそう言いながらも、手を差し伸べてくるのは――藤堂。 あ、夢だね。これ。 すぐに夢だとわかるようになったきたけど、わかったからといってすぐに夢から覚めるわけではない。夢が行きつくところまで行きつくまで、遥には拒否権はないのだ。 だったらせめて、心臓に悪い事態に陥りませんように、と遥は祈る。前みたいに、キスしようとかして顔を近づけられたら、わたし、息が止まるかもしれない。 そう思って車から降りるのをためらっていると、藤堂は苛ついたかのように強引に遥の手を取り、無理やり降車させる。「ちょっ、藤堂さん!」